新・積み残しの記14 槿花一朝の夢 赤坂 武雄 この新・積み残しの記は今回で14回目を数える。ここ1年ほどのあいだ、おもにわが庭に植えられている庭木や草花、 ここにやってくる鳥や虫たちとの出会いを書いてきた。まだ書き残しはあるが、今回は趣向を変えてわが庭を出て、 ちらっとお隣さんの庭を眺めてみようとおもう。 わが家の門を出て真っ先に目につくのが、斜め向かいのお宅の蜜柑、夏みかん、枇杷、柿などの高木である。この時季は 柿の若葉が眩しい。もうすぐ白い花を咲かせ、この秋もまた真っ赤な実を生らせることだろう。ちょっとした果樹園の ようだ。ときには我が家もそのおこぼれに預かっている。 前の通りを西の公園に向かうと、ハナミズキを植えているお宅の前をとおる。このハナミズキは我が家のそれより 先輩らしく、背丈が高く、今年もこぼれんばかりに紅色の花を咲かせていた。 公園の前のNさんは、門扉の横にさりげなくオリーブを1本植えている。オリーブといえば、そのイメージは遠く地中海の 沿岸のギリシャやイタリヤ、スペインのオリーブ畑まで広がっていく。オリーブが身近になったのは、映画「二十四の瞳」 で有名な小豆島に植えられていると知ってからだ。この目で見たもっとも大きなオリーブの木は、香川県出身の 猪熊弦一郎画伯の、田園調布のお宅に植わっていた木である。今も、家主亡きあとのお宅を見守っていることだろう。 いつの間にかオリーブ油は我が家では食卓に欠かせない存在になった。 # Nさんは勝手口側に、夏椿も植えている。わたくしは毎夏、その白い、すがすがしい花を見るのを楽しみにしている。 どのお宅のどの花も、ゴミ出しのとき通るので見落とすことはない。別に立ち止まってまで見ないのだが…。 今度は前の道を東の方へ歩いてみよう。わが家の左隣りは庭に、泰山木とノウゼンカヅラ、百日紅を植えている。 またそのお隣は、山茶花の生垣のなかに紅梅を、またその左隣りのお宅は、木槿を1本植えている。 木槿は夏、その可憐な花を開く。夕方、バス停に降りてこの花の咲いているところまでくると、わたくしはこの花が 朝開いてから、そのまましぼまずに、帰りを待っていてくれたような気がして、ほっとする。木槿はそうやって秋まで 咲き続ける。 木槿との出合は古い。幼馴染みといってもいい。国民学校に入学する前の年だったか、ある夏、能登の生家の近くの 木槿の根元にナメコが生えているのを見つけたことがある。そのナメコはその晩、我が家の夕食のナメコ汁の具になった。 このごろスーパーマーケットで買うような色白ではなかった。何でも自分で採った物は美味しいものだ。 # 世に、名は体を表すということわざがある。わたくしはこれまで木槿と書いてきたが、どの漢字を当てるか、どう読むか、 でそのイメージする「体」も違ってくる。例によって二、三、手元の辞書を当たってみよう。 広辞苑 むくげ【木槿・槿】アオイ科の落葉灌木。インド・中国の原産で、わが国で庭樹・生垣として栽培。高さ約三b。 繊維が多く折れにくい。葉は卵型で三中裂。夏から秋にかけ一重または八重の淡紫色・淡紅色・白色などの花をつけ、 朝開き夜しぼむ。白色の乾燥したものを胃腸カタル・腸出血などに煎じて用いる。あさがお。もくげ。ゆうかげぐさ。 広辞苑のおかげで、木槿はこのようにわざわざ木槿と、漢字2字を使わなくても、槿、1字だけでもむくげと読めること、 古くは和語で、むくげの他に、あさがお、ゆうかげぐさ、と呼んでいたことなどわかった。ことのついでにもう1冊、 大辞林を引いてみると、 むくげ 【〈木槿〉・槿】の見出しのあとに、広辞苑とほぼ同じ説明があり、木槿の挿絵が描かれている。最後に 「古くはアサガオと称された。キンカ。モクゲ。蓮(はちす)。木槿(キハチス)。季語は秋」という説明がつけられている。 キンカは槿花の音読から来たのだろう。面白いとおもうのは同じ漢字の木槿をむくげだけではなく、寡ってキハチスとも 訓読していたことである。アサガオという呼称は蔓のアサガオと同じで、朝、花を開くところから、またキハチスは、 木に咲く蓮の花との見立てから来ているのだろ。 もう一つ、むくげを表す漢字に「蕣」がある。この蕣の草かんむりを取って、目偏を書くと、瞬間の瞬になるところから 察するに、むくげの花が朝開いて夕方にはしぼんでしまう、その花の咲いている時間の短いことに着目してこの漢字をあて、 むくげと訓読させているのだろう。 # 世界にも例がないと思うが、日本語では同じ一つの事物を表記するとき、漢字とひらがな、カタカナの三つの文字で 書くことができる。さらに同じ漢字でも木槿と槿、蕣と3通りの表記ができる。その読みかたもムクゲ、モッキン、 アサガオなどいろいろである。平仮名でむくげ、片仮名でムクゲと表記することもできるが、どちらの仮名を使うかで、 読み手が受ける印象はずいぶん違ってくるのではないか、とおもう。 内閣告示では、学術的な細目として動植物名を表すときにはカタカナを用いることを原則としている。この原則に従って 木槿を説明すると、ムクゲはアオイ目、アオイ科、フヨウ属で、学名はhibiscus syriacus L、ということになる。 このように学術的な細目として動植物名を表すときには、万人が読めるカタカナを用いて、その表記方法を統一し、 正確性を期することは大事なことである。 とは言っても、わたくしのような俗人は花鳥風月、山川草木、漢字で書けるところは漢字で書き表したいとおもう。 フヨウ属だと言われても、「フヨウ」からは漢字の持つ芙蓉、酔芙蓉などというときの色っぽさやあでやかさ、 ふくよかな容姿は伝わってこない。躑躅は低く這い蹲るようなその樹形から来ているとか、それを読んでいかにもと、 納得したことがある。でも自分で書けない字をパソコンで打ち出すのも気が引けるので、この難しい漢字を避け、 ツツジとカタカナを使っている。それにこうもカタカナ表記の外来語が増えてくると、我が国古来の動植物もその中に 混ぜ込まれてしまい、その出自と背負ってきた歴史的な文化が消えてしまうのではないか、と余分な心配をしている。 # ニューヨークで木槿の花が咲いているのを見かけたことがある。旧友に再会したような気分だった。1985年(昭和60年) の夏、マンハッタンで社用をすませ、クイーンズ区のアストリヤにあった支店へ、地下鉄で帰ってきた。最寄り駅から ポプラ並木日陰を探しながら住宅街を歩いた。この付近はギリシヤ系の住民が多い。とある家の前庭の、木槿の花の下で、 草むしりをしている男性を見かけて、声をかけた。この木槿は、きっと自慢の木にちがいない。英語の呼び名を教えて もらいたい、とおもった。 「今日は、美しい花ですね。何という木ですか」 意外なことに、かれの返事は期待外れだった。ほんとに美しいですね。わたしも大好きですが、残念ながら名前は わかりません、だった。庭の木の花が美しい花だと思うなら、名前ぐらいは調べるだろうに…。わたくしは、ありがとうと 言って、別れた。 その後何日かして、車で彼の家の前を通りかかった。カメラを持っていたので、もし庭に出ていれば、先日のお礼を 言いがてら、写真を撮らせてもらおうと、考えていたのである。残念ながら、庭には出ていなかった。そのあとそのとき 少し離れた道路から写真を1枚撮った。アパートに帰り、研究社のリトル和英で木槿を引いてみた。 rose of Sharon=シャロンのバラとあった。# それからしばらくして、おなじ職場で働いている韓国人に聞いてみた。韓国では木槿のことを無窮花(ムグンファ)と 呼ぶよね、と。即座に、そうですという返事が返ってきた。パスポートの表紙にも国花の無窮花のイラストが印刷されていた。 このムグンファのムグンは明らかに、我が国と同じように漢字の木槿の音読みから来ている。それに花=ファ (中国語はフォアに近いファである)を、つけたのだ。 同じ木槿を見てもわれわれの祖先は、朝開いて夕方にはしぼんでしまう木のあさがお、あるいは木に咲く蓮の花に見立てて、 人生の儚なさを重ねて、その呼び名をあたえたのだろう。我が国の木槿感は、表題に掲げた中国の槿花一朝の夢の流れを 受け継でいると言える。ところが韓国は、木槿の漢音読みに似たような音を持つ無窮を当て、花を加え、無窮花を作り上げた というわけだ。この世を浮き世とおもうか、憂き世と信じるか。韓国人は個々の花は一日花かも知れないが、一本の木、 一つの民族としてみれば、次からつぎへと花を開き、その窮まることはない、そんな願いを込めたのだろう。 # 今から16年前の、1997年(平成9)2月16日(日)付け日本経済新聞の歌壇に次のような歌が載った。 観たることなき花なれど〈シャロンの野薔薇〉と叫ぶ我ら聖歌に 須賀川 高橋俊彦 シャロンとはどこか、ウィキペディアで検索してみた。 「今日の、テル・アビブのヨッパ(*1)から北のハイフア(カルメル山)に至る、地中海に面した肥沃な平原で、砂漠の多い この地域にあっては、花が咲き草木が生い茂る特別な場所である。「乳と蜜が流れる広い良い土地」(出エジプト3章8節) 「シャロンは羊の群れの牧場となるように」(イザヤ書65章10節)シャロンの牧場は、ユダヤ教とキリスト教世界における 理想郷を意味する。その地に咲く白い可憐な『シャロンの花』(シャロンのバラ)とはムクゲのことであり、旧約聖書では 純潔の象徴として扱われている」 ここでもシャロンのバラ=木槿としている。だが、聖書がヘブライ語からヨーロッパの諸言語に訳されたとき、バラは単に、 美しい花の代名詞とて使われただけで、かならずしも学術的に分類されたバラだと決められないとする説もある。 それにしてもこの説明で木槿の植わっている地域はぐっと広がった。学名にもhibiscus syriacus=シリヤのハイビスカスとして、 シャロン平原からそう遠くないシリヤの名がかぶせられている。こんなところからみても、あの辺りに木槿が咲いていることは 間違いないとみてもいいだろう。花のかたちもアオイ、フヨウ、アサガオ、ハス、バラ、ハイビスカス…と幅広に、 他の美しい花に擬せられている。幸せな花である。 # 引用ばかりで恐縮だが、最後に、韓国の朴槿恵が就任した翌日の、今年2月26日付け朝日新聞「天声人語」の冒頭部分を 数行と結論を引用しよう。 「ひとつの花を眺める心も、国によって違う。朝に開いて夕方しおれる槿(むくげ)は、日本では儚(はかな)さの象徴とされる。 だが、お隣の韓国の人々は、苦難をしのいで発展していく民族や国の姿をこの花に託した。知られるように国花である ▼一輪一輪は短命でも、一つの木として見れば次々に咲いて秋まで果てることがない。だから韓国では無窮花(ムグンファ)と呼ぶ。 かの国の朴正熙(パクチョンヒ)元大統領は、長女の名前に「槿」を入れた。字典と首っ引きで選んだそうだ。きのう就任した 朴槿恵(パククネ)(61)である▼中略▼槿に戻れば、韓国の人は日本の植民地支配をしのいだ歴史を、この花に重ねたとも聞く。 海峡の波は高い。行き交う言葉が日韓新政府のもとで未来に向くか、どうか。よく見守りたい」 *1ヨッポは、テル・アビブの港町、行政地区 2013年5月22日記す。